世界のTAMIYAを作った男、田宮俊作。ミニ四駆、戦車、F1の模型王が、B29を作らなかったワケとは!?

この動画は
世界的な模型メーカー「タミヤ」を築き上げ、
2025年7月に90歳で亡くなった
田宮俊作(たみや しゅんさく)氏の
波乱万丈な生涯を描いたドキュメンタリーです。

「模型界の巨人」と呼ばれた彼が、
どのようにして静岡の小さな木工所を
世界企業へと押し上げ、
なぜ特定の兵器を作らなかったのか、
その信念と情熱が語られています。

1. 苦難の出発と「黒船」の衝撃:怪人からの再出発

大学卒業直前に母を亡くし、
家業の「田宮商事」に入社。

直後に工場が全焼するという
悲劇に見舞われますが、
父と共に木製模型の製造で再起を図ります。

プラモデルの到来

1950年代後半、
アメリカから精密なプラスチックモデル
(プラモデル)が流入。

木を削る技術を誇りとしていた俊作氏は、
その手軽さと精巧さに打ちのめされ、
屈辱を感じながらも
時代の変化を受け入れ、
プラモデルへの転換を決意しました。

2. タミヤブランドの確立:パンサー戦車と顧客対応

動く模型での勝負

金型技術で劣る中、
モーターで力強く走る
「パンサー戦車」を発売。

日本の住宅事情
(畳や布団の上で遊ぶ)に合わせた
「走る楽しさ」が大ヒットしました。

カスタマーサービスの原点

壊れた部品を
自ら手書きの手紙を添えて修理・返送。

この誠実な対応が、
子供たちからの絶対的な信頼を生み、
「タミヤブランド」の礎となりました。

3. 世界への挑戦とデファクトスタンダード

1/12 F1シリーズ

ホンダのF1マシンを徹底取材し、
驚異的な精密さで模型化。

メイド・イン・ジャパンの品質を
世界に知らしめました。

1/35スケールの誕生

戦車模型に電池を入れるために決めたサイズが、
結果として世界の戦車模型の標準規格。

ツインスターのロゴ

赤(情熱・創造性)と
青(精密・誠実)の星が並ぶロゴは、
俊作氏と弟の督夫氏の
兄弟二人三脚の象徴です。

4. アナログの逆襲:ミニ四駆ブーム

子供たちを呼び戻す

テレビゲームの普及で模型離れが進む中、
接着剤不要で安価な「ミニ四駆」を開発。

全国でレースを開催し、
自らの手でマシンを調整する楽しさを
子供たちに再び教えました。

5. 平和への祈り:B29を作らない理由

あらゆる兵器を模型化しながら、
タミヤは爆撃機「B29」を
決して作りませんでした。

理由

少年時代、
静岡大空襲でB29が
街を焼き尽くす光景を目撃した俊作氏にとって、
原爆を投下し
多くの命を奪った機体を
「娯楽」として売ることは、
一線を越える行為でした。

これが彼の譲れない平和への信念でした。

6. 障害現役:83歳での再登板

晩年、
後継者であった娘婿の急逝を受け、
83歳で再び社長に復帰。

社員と会社を守るために老体に鞭打ち、
90歳で退任する直前まで
現場の最前線に立ち続けました。

結び

田宮俊作氏は、
デジタル時代にあっても
「自分の手で何かを作り上げる喜び」
を信じ続けました。

彼の作った「赤と青の星」は、
今も世界中のモデラーの手元で輝き続けています。

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